「しかし、宗男も大変なことをしてくれたよなぁ」

 私は以前から、通称・呼称のたぐいは注意しないと大変なことになる、と常々思っている。みんなが同じように呼んでしまうことで、意味をとばしてその呼び名がまかり通ってゆくからである。

つい先頃、私は「スープ専門店」と言われる店にひとり入ったのだが、そのメニューを見てたじろいだ。料理の一品一品にとてもファンシーな名前がついていたからだ。「森の木こりと妖精が作ったスープ」。もちろん、下に注釈があってどんな具のスープか、親切に説明はしてある。
しかし、これを声に出してオーダーするのは30歳を越えた私には、あまりにも酷だな体験だった。これが「網走刑務所の受刑者が作ったイス」なら問題ない。そういうものがあることを知っているからである。が、さすがに、木こりと妖精がスープを作ることはあるまい。よしんば作ったとしても、そんなものがここにあるはずもない。こういう中途半端なファンシーが、この世でもっともたちが悪い。私はなすすべもなく沈黙した。

しかし店員たちは「木こりと妖精1(ワン)です!」などと意気揚々と厨房にオーダーを通している。麻痺しているのである。この店ではこの甘々な品書きがまかり通っているために、店員たちはもう意味など考えていないのだ。

 また先日は、私の60歳を過ぎた母親が突然とんでもないことを言い出した。「青春18きっぷを買って1日いろいろ回ったよ」。「青春18きっぷ」というのは、その名の通り「18歳くらいの金はないが旅をしたい青春まっただ中の若者」のために考案された乗り降り自由の切符のことだ。私の歳でも、さすがにこの切符を買うことはためらわれる。

けれども、聞けばこの切符の利用者は意外にも中高年が中心なのだそうだ。鈍行の旅を楽しむのは、蓋を開けたら中高年層がメインだったということだろう。今時の若い人はどちらかというと海外に行ってしまうらしい。
だからといって、60を過ぎた客と駅員のこんな会話はやはり呼称に関する「麻痺」を感じさせる。客「18きっぷを1枚ください」駅員「青春18きっぷでよろしいですね」客「はい、その、青春です」。冷静に想像してみて欲しい。呼称には魔物が住んでいる。本当に気をつけないと大変なことになる。

 そして今、この件に関して、私がもっとも注意を払っているのが鈴木宗男なのである。疑惑が明るみに出るに連れ、世間はこの人を「鈴木宗男」ではなく「宗男」となぜか親しみすら感じさせる呼称で呼び始めている。たぶん「鈴木」というのがありふれた名字である、ということが深く関係しているのだろう。

だが、ニュースなどで、「宗男議員が関与していると思われ」などとまじめな顔でアナウンサーが読み上げているのを見ると、吉田戦車の漫画「ぷりぷり県」(社員が全員名前で呼び合う。例えば「静夫部長」というように)が思い出されていまひとつ深刻さが伝わってこない。「本当に宗男さんの罪は大きいですよ」と怒り顔で評論されても、逆にほのぼのとしたものを感じてしまう。
そこへ持ってきて、電車の中でサラリーマンがこう話していたのだ。「しかし、宗男も大変なことをしてくれたよなぁ」。確かにその通りなのだ。が、この口調と、「しかしカツオも大変なことをしてくれたわね」とサザエが言うのと、いったいなんの違いがあるのだろうか? カツオが波平の大事な盆栽を割ってしまった、もしくは、タラちゃんに嘘を教えた、そのくらいの感じである。

これは政官業の癒着問題で、しかも戦後ずっと続いてきた体制にやっとメスが入れられようとしているのだ、ということを把握した上であってもなお、「宗男」と連呼し続ける報道に「お茶目」な事件の感を拭えない。この間はこんな見出しが新聞に踊っていた。「宗男系議員」。派閥ではないのだ。
橋本派でもなんでもなく、「系」なのだ。しかも「宗男」、だ。「渋谷系ミュージシャン」に匹敵する半端さだ。なんの音楽性もそこからはわからないのだ。ただ渋谷っぽいのだ。それでつるんでいるのだ。そんなぞんざいな感じも今回の報道には目立っている。

それに加え、ムルアカ氏との不思議なツーショット映像も拍車をかけて、私にとって「宗男」はただの可笑しな人という認識に収まりそうになっている。いや、だめだ。こんな呼称に惑わされてはいかん。もっと真剣にニュースを見なければ。
35歳で初当選したときの異様な老けぶりも、小渕が総理に立つときに講演会場をちょこまかと動き回って各議員に確約を取る様も、野中氏にゴマをすっている様も、ちゃんと自分なりに咀嚼するのだ。

そんな努力をしはじめた矢先、彼が後輩議員のために開いている勉強会の呼称が明らかになった。「ムネムネ会」。
いったい、どこまで可笑しければ気が済むのだ。私はこの件に関して、完璧に蚊帳の外に追いやられた。今私の中で、宗男はカツオと同じ位置にある。一刻も早く、この呼称に慣れて世間に追いつかなくては。焦りの続く毎日だ。もうすぐ証人喚問が始まる。

2002年9月